先週の、“週刊・独り言”で、380RSをぶつけられ、そのぶつけたヤツの理不尽さに腹を立てた経緯をご紹介したら、反響が大きかった。
本当は被害者であるにも拘わらず、まるで加害者扱いをされて、払わなくてもいいものまで払わされた、というご意見もあった。
これは、いかん。
自分が起こした裁判の例をご紹介して、“絶対に泣き寝入りをしてはいけない!”ということを強く申し上げたい。
但し、その前提として、ブログでも言ったように、
-自分は無過失か、あるいは過失があったとしても軽微である確証がある。
-裁判を行う時間的な余裕と、ある程度の経費を払う覚悟(弁護士を雇わなければならない。)を持っている。
(実は、これがネックで一般の人は中々裁判を起こせない。これが、悪党どもの思う壺。個人的に弁護士を雇うのは大変なので、保険を契約する際に、イザと言う時にその保険会社が弁護士に成り代わって対処してくれるのかをチェックしておくことは大事です。)
-一旦自分の主張を表明したら、絶対にそれを変えない強い意志を持ち続ける。
などが必要である。
下の例は何れももう20年近く前の話で、幸いにも最近は理不尽な目には会っていない。
事例1。
土曜日の朝、友人と御殿場近くのゴルフ場でプレーするために、東名高速に乗ろうと国道
16号線を走っていた。その頃は、バイパスが無く、16号線は滅茶苦茶混んでいた。
のろのろ走っていたり、停まったりしていたら、突然ワンボックス・カーに追突された。
相当な衝撃があり、右側後部ドアは開かないほどに車のボディーが歪んだ。
30歳前後の若者が飛んできて、謝罪した。
警察が来て現場検証をし、“救急車を呼ぶから、病院に行きなさい。”と勧められ
た。実はその時は体のどこも痛くも痒くもなかったので、“いえ、皆大丈夫です。”と言う
と、“これだけの衝撃があるので、間違いなく後から痛みが来る。絶対に病院に行きなさい。”と強く言われた。(本当にそうだった。午後から、首と腰がズンズン痛くなり、なんとこの後遺症は2年間も続いた。皆さん、事故直後は痛くなくても、絶対に病院に行かなくてはいけません。)
現場検証をしている間に、加害者に、“この車は相当ダメージを受けていると思うので、修理を終えてもこの車には乗りたくない。新しい車に買い換えるので、修理後の査定価格と新車価格の全額とは言わないが、半額を支払うか?要するに、新車に買い換えて、君が半分、そして俺が半分持つ。”と言ったら、この若者、“本当に申し訳ありませんでした。半額、私が持ちますので是非そのようにして下さい。”と神妙に言う。
妙なもので、現場検証を終えると、“加害者に対して情状を酌量しますか?”と警察が聞く。“はい、素直に謝ったし、その後の弁償に関しても誠意を示しているので、そうして下さい。”と言って検証は終わり、車はレッカー車で運ばれて、我々は病院で診察を受けた。
病院では、“取り敢えず全治2週間と致しますが、恐らくもっと長引くと思います。ご自宅に近い病院で、ちゃんと治療を受けて下さい。”と言われた。
数日後、その若者に電話をして、“合意したとおりに事を運んでいる。差額が160万円くらいになりそうなので、君は80万円支払えば宜しい。”と言ったら、“実は、お支払い出来ません。壊した車は完璧に修理してお返ししますが、私の家内が勤めている弁護士事務所の先生が、払う必要は無い、とおっしゃっているので、お支払い致しません。”
“だって、君は払うと合意したではないですか。あの約束はどうした。”
“あれはあくまでも、口約束ですから。”
プッツン!
“分かった。では、約束を反故にするんだな?
車は自分で直して、損害賠償請求をすると、その弁護士先生に言っとけ!“
先ず、警察に行って、事故当日情状酌量に合意した調書を書き直して貰った。
“一方的な加害者にも拘らず、全く反省をしておらず、厳罰に処して頂きたい。”
これで、あの若者の免許停止期間が数ヶ月延びた筈である。
そして、数週間後に損害賠償請求(物的な車の修理と慰謝料)を行った。
相手は、本当に“被告として”裁判所からの呼び出しを受けて、びっくり仰天したらしい。
あの、“口約束”も、裁判では証拠として採用されるのである。これは覚えておいて下さい。
結局、先方が裁判所の和解勧告に従って、80万円を相当越える金額を支払うことを承知した。 天誅!
事例2。 上の事故の数年後。
自宅から、その頃塾長のオフィスが在った有楽町に向かうため、横羽線の左側・走行車線を走っていた。前を大きな20トン・トラックが追い越し車線を制限速度以下で走っている。
仕方ないので、そのまま走行車線で追い抜こうとした途端、ドカーンと丁度塾長の右側ドアの後ろにぶつかって来た。ガラスが割れ、血だらけになりながら、必死に車をコントロールしようとしたが、右から斜めに押された状態のまま時速80キロくらいで走っているので、塾長の車が右へ、右へと行こうとする。ステアリングを目一杯左に切ったまま、数十メートル引き摺られて停止した。
引き摺られている間、“あ、これは死ぬな。”と思った。
咄嗟に、“この右にあるトラックに轢かれたら痛いだろうな?”、ということと、“あ、もし死んだら、お昼のランチの約束のキャンセルはどうしよう?”とだけ、考えていた。
時間的にはほんの数秒であろうか?
怖かった。
横向きのまま停止したら、そのトラックの運転手や周りの車の運転手が数十人駆けつけて、“大丈夫ですか?怪我していますよ、救急車を呼びましょうか?”と言ってくれた。
ガラスの怪我で血は出ていたが、ほんのかすり傷。
精神的なショックの方が大きかった。
来た救急車は返して、現場検証が始まった。
高速警察隊は、“大事にならなくて良かった。”と感心していた。
ぶつけた若い運転手は、トラックを所有する会社の御曹司で、大変礼儀正しい男だった。
“全く、貴方の車が見えませんでした。そもそも大型トラックが追い越し車線を長く走るのが違反で、総て私の責任です。お怪我が大したことがなくて、安心しました。”と殊勝である。
塾長は車にうるさいので、これくらいの事故に会った車は、幾ら完璧に修理しても真っ直ぐ走らないことを知っている。
微妙に車のシャシー(ボディー)が歪むのである。
そうすると、車は真っ直ぐ走らない。
(余談であるが、塾長の380RSの溶接ポイントが普通のフェアレディーZの何割増かで行われ、左右のボディーをバーで固定するストラット・タワー・バーなる物を装着するのは、ボディーの剛性を強めて歪みを少なくして、高速での走行を安定させるためである。)
“ああ、死ぬかと思った。でも、無事で良かった。ところで、この車はまだ購入して1年も経っていないが、これにはもう乗りたくない。
実は数年前にも同じことをしたのだが、この車を修理した後の査定額と、新車価格の差額の半分を持って貰いたい。要するに、新車に買い換える差額の半分を負担してくれ、そして残りを私が負担します。”と提案した。
“全く問題ありません。そのように指示を致します。”
今度は、先方の保険会社から電話があった。
“加害者が、新車購入するための差額の半分を払うと言ったそうですが、我々は納得出来ません。約束は兎も角、動いている車同士がぶつかったんだから、そちらにも過失がある筈です。車を修理するのに必要な額の応分は勿論負担しますが、全額或いは新車を購入するための差額はお支払い出来ません。”
“いいかよく聞け。加害者のトラックは、俺が追い抜きをしている真っ最中に、前のドアの後部付近に突然ぶつかってきたんだぞ! 俺はどうやって避けるんだよ?
もしも、視界があるところにぶつかってきたんなら避けようがあるが、目の後ろだぜ、ぶつかって来たのは。 あんただったら、避けられるのか?”
“さあ、それはよく分かりませんが、我々は今までの判例に基づいて意見を言っているまでですから。”
“判例? 見えないところにぶつけられても、当方に過失があるという判例があるのか?
よし、やってみよう。
取り敢えず、車を修理に出し、同じ車を代車で借り、総ての額の損害賠償請求をする。
やると言って、やらない。
払うと言って、払わない。
弱い者いじめばっかりして、強い者には媚びる。
あんた達を絶対に、許さない。
裁判所で会おうぜ。”
約一ヶ月後に、車の修理費用、そして代車費用で数百万円、それに慰謝料の請求を行った。
約束を反故にした慰謝料なんて、微々たる物。
巨額な物は、“恐怖の慰謝料”。
我々の主張は、“数秒とはいえ、20トン車に引き摺られていた間の恐怖は耐え難いもの。
原告(塾長のことです。)は、本当に死を覚悟した。(これ、本当です。)
幸いにも、結果として怪我も大したことはなく、原告は善意で行動していたにも拘わらず、被告に裏切られた。
それ相応の償いをして然るべきだ。“というものであった。
行きましたよ、東京地方裁判所に原告として証言するために。
いくらこちらが絶対に正しいと信じていても、やはり裁判所で証言するのに不安はありますよ。
向こうも、相当優秀な弁護士を雇っていたから、誘導質問のようなことをしてくる。
すかさずこちらの弁護士が、“異議あり。原告は答える必要はありません!”と叫ぶ。
結局、この時も裁判所が和解を勧告してきた。
“恐怖の慰謝料の判例が無い。”が、明らかに原告の主張は正当である。
そして、勿論満額ではないが、最初に合意した条件で応じれば済んだであろう負担の5倍近くの損害賠償請求に被告側が応じた。
上の二つのケース共に、自分で弁護士費用を支払った記憶が無い。
恐らく、2件とも和解条件にこちらの弁護士費用の負担の合意があったのではないかと思う。
事例3。
実は、こちらの事故の方がもっと大変で、またまた死に損なった。
東名高速で追い越し車線を走行中に、走行車線で走っていた車が、左後部のドアにぶつかってきた。
実は、御殿場のインターチェンジの合流地点の左側からサイド・カーが来ていることは、数百メートル手前から承知していた。
そして、このサイド・カーを避けるために、この車が突然車線変更した。
ぶつけられた反動で塾長の車は中央分離帯にぶつかり、またその反動でぶつかってきた車に今度は塾長がぶつけた。
この頃はしょっちゅうサーキットに行っていて、一番自分のドライビング・テクニックに自信があった頃である。
F.R.=(前にエンジンがあり、後輪駆動。一般の車に多い。取り回しが楽。トヨタ・クラウン、ニッサン・フェアレディZ。)
F.F.=(前にエンジンがあり、前輪駆動。最近の車に多い。前から引っ張るのだから、普通の走行中は一番効率がいいが、下り坂のブレーキには注意。ニッサン・ブルーバード、トヨタ・カローラ。)
M.R.=(車の真ん中にエンジンが有り(ミッド・シップ)、後輪駆動。一番重いエンジンが車の真ん中にある、スポーツカー向けの究極の車。限界は高いが、一旦スピンすると、独楽のように回る。素人には難しい。ホンダNSX。フェラーリ。)
R.R.=(後ろにエンジンがあり、後輪駆動。後ろから押して走るので、甚だ難しい。昔は、雨の日に乗ると直ぐにスピンした。ポルシェ。)
これらの特性により、車の運転の仕方は違う。
この事故の時に乗っていたのは、ウチのヤツのF.F.の車。
これは、アクセルを踏んで、ステアリングを切った方向に車は進む。
中央分離帯にぶつかった瞬間、ブレーキを踏まないでアクセルを踏んだ。
そして、ステアリングで真っ直ぐ立て直そうともがいた。
あの時ブレーキを踏んでいたら、今頃この世には居ない。
如何に4輪ディスクと言えども、あの時ブレーキを踏んだら、左の車輪はアスファルト、右の車輪は砂で、間違いなく左側に大スピン!
一巻の終わりだったと思う。
左後輪はバースト、車の両側はぼこぼこ。
今度もガラスが割れて、またもや顔と腕が血だらけ。 でもかすり傷。
調べに当たった高速警察隊の警官が、“よく無事でしたね。ブレーキを踏まなかったんですか?”と聞いた。
A級ライセンスを持っていてサーキットでしょっちゅう練習をしていると言ったら、“我々も同じような訓練を受けますが、やはり咄嗟にブレーキを踏んじゃうんですよね。”と言っていた。
でも皆さんにはお勧めしない。 やはり、取り敢えず、思い切りブレーキを踏みなさい。
ぶつけた相手は中年の人の良さそうなおじさんで、事故に驚いて立っているのもままならない様子であった。
塾長は人格者(?)なので、今回も“生きていて良かった。”と思い、なるべく穏便に済ませてやろうと思った。
何故だか、車(新しい車に買い換える、云々)に関しての話はしなかった。(ウチのヤツの車だったからかなあ?)
警察にも、“物損扱いで、人身事故扱いにしないで下さい。”と頼んだ。
警察はその方が取調べが簡単なので、即座にOK。
また同じことが起きた。
先方の保険会社の人間が塾長のオフィスに訪ねて来て、“動いている車同士がぶつかった場合、ぶつけられても無過失と言うことは有り得ない。貴方の保険会社にも連絡して下さい。
そしてお互いに協議して、過失の割合を決めます。“
前回の事故と同じ。
“どうやって、左後部にぶつけられるのを避けるのだ?お前は出来るのか?お前に出来るんだったら、俺の過失を認めよう。じゃあ、一丁あんた、自分でやってみるか?
修理も何も結構。自分で直し、後日損害賠償請求する。”と言ったら、首を傾げながら帰って行った。
翌日静岡県警まで出向き、人身事故として再度の実地検分をお願いした。前回の事故の時と同じように、これであのおじさんの免許停止期間が延びた筈である。
異変に気付いた保険会社から電話があった。
“言っただろう。そっちにその気が無いというか、一方的にこちらの過失を主張して、ぐだぐだ言っている。自分で直して、後は裁判で俺の主張が正しいかどうかを裁判官に判断してもらうのが一番だろう。 動いている車同士がぶつかった云々なんて、関係無いよ。本当に俺に過失があったかどうかが問題なんだよ。”と言ったら、弁護士の名前を聞いてきた。
別に隠す必要は無いので教えてやったら、直ぐに“裁判を取り下げて下さい。ご指示の通りに致します。”と平謝り。
この弁護士先生、テレビにもよく出る車関係と離婚訴訟の辣腕弁護士で、この業界では名が知れているらしい。
名前を聞いただけで、“負ける!”と思ったらしい。
こちらも、
-今までの経験則だけで、過失を押し付けようとした。
-まさか、裁判などを起こさないだろうと個人の力の無さに付け込もうとした。
-実際に裁判を起こすと、今回は豹変して平身低頭で“勘弁してくれ。”と泣きを入れた。
というようなことは、絶対に許さない。
“俺は、とことん最後まで戦う積りだった。”、と言ったら、“よく分かりました。”と平身低頭。
結局裁判にしなかったので、彼らがどういう経済的な保障をしたかは忘れた。
繰り返しになるが、
-絶対に理不尽なことに同意しない。
-個人の力は限られているが、恐れずに警察でも、自分の保険会社でも、そして可能なら優秀な弁護士と相談する。
我々は法律は知らないから、
-知らないことを悩んでも無駄。
-真実を話して、専門家に任せる。
以前にも“犬事件”としてブログでご披露したが、
前のマンションに住んでいた時に、“ペットは飼ってはいけないことになっている。犬を処分するか、マンションから出て行って欲しい。”と冷たく言われたことがあった。
あの頃(約10年前)は、ペット飼育可の賃貸マンションは殆ど無く、しかも同じような広さの物件は皆無であった。
ウチのヤツが憔悴しきって、“やっぱり、ここを出て行くしか仕方無いんでしょうね。でも、何処に住んだらいいんでしょう?”とため息をついている頃、たまたま例の優秀な弁護士と酒を飲む機会があり、この話をした。
その弁護士は、“酒匂さん、犬を処分することも、マンションから出て行く必要もありません。飼っている犬が公序良俗に反する行為、例えば夜鳴きをする、他人に吠えたり噛み付く、あるいはエレベーターなどの共有部分でおしっこをする、などをしなければ平気です。
何なら、不動産会社に電話をしてあげましょうか?”と平然と言う。
“えーえ、本当かいな。いや、俺が自分で嫌味を言いたいから、俺に任せて。”と言って、その優秀なる弁護士に極上のワインを奢ってやった。
翌日、犬を処分するか出て行けと冷たく言い放った不動産会社の担当者に、こちらも冷たく言い放ってやった。
“このまま、犬を飼い続けながら住み続けます。貧乏になって、家賃の支払いが滞るようになったら、こちらから出て行きます。”
それから、全く何の連絡も無かった。
わう、もう7ページにもなってしまった。
最後にもう一度、
-悪は必ず滅びる。
-善は必ず報われる。
長文を書いて、少し疲れた塾長。(2時間掛かった。)